受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 666 零の晩夏 / 岩井俊二 著 を読みました。

[ぜろ]の超写実画「晩夏」(油絵)
2019年2月2日土曜日。
八千草花音[やちぐさ・かのん](30歳独身)は、職場の後輩=浜崎スミレから写真メールを受信する。
美術館に展示してある「晩夏」を撮った写メールであった。

花音は、この絵も切っ掛けになって美術誌編集に転職。その後約一年、謎の画家「ナユタ」を取材して、謎に迫る。

前著「ラストレター」(文春文庫2019/9)

に続く岩井俊二の長編小説。今回の小説については、映画の予告はありません。

表紙の写実画は三重野慶[みえの・けい]広島県出身1985~の超写実画。インスタグラムに投稿してあったので、埋め込み機能で貼り付けます。
 
 
 
 
 
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岩井俊二は、この絵を切っ掛けにして、筆を起こしたそうです。
ちなみに三重野慶の絵は、他には2015年3月発売のヒグチアイのセカンドアルバム「全員優勝」
全員優勝

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のジャケット写真ならぬ、ジャケット油絵が有名かもしれません。これも写真ではなくて、油絵の肖像画です。
小説の冒頭で示される零の「晩夏」はこの絵とは異なります。高校の制服のように見えるスカートまで描かれた作品だそうです。
そして作品(小説「零の晩夏」)ですが、読むぶんには、普通の女性~気に入った男と話をしていると、恋愛に発展するストーリーを妄想するような、健全な女性~を軸に進む、普通の恋愛小説として読み進むことが出来ます。
しかしながら、大変緻密に煉られた作品です。
約一年間の物語は、謎に迫るのに伴い、謎の画家「ナユタ」の過去が構築されてゆきます。最終的に一つのストーリーに帰着してエンディングを迎えます。
僕は、読み終えてから今まで、登場人物を並列に時系列に並べた年表を作ってしまいました(^_^;) ですから、八千草花音の生年月日から、物語進行中に何歳で、他の登場人物と交わった時に何歳で、と言うことが正確に書けます。

幾つもの要素を盛り込んでおり、それぞれに感じるところがありました。

【仕事の方法論】

出版を記念して、三重野慶との対談。その様子をYouTubeにアップしています。

岩井俊二が作品を創るにあたり「油絵の手法」を用いている、と言うのが印象的でした。
なるほど。よく「学校の勉強は役に立たない」と言う人がいらっしゃいますが、何かをやり遂げるに於いて、学んだ手法は他のことにも応用できる。直接仕事にならなくても、専門に学ぶ事には意味がある。と思いました。
ちなみに、自分の場合を考えると、どうやら「化学合成の手法」を応用していることに思い当たりました。
この話を始める前に、化学屋として一つ他の読者の皆様にお伝えしておくことがあります。作中の”ガソリン”は間違いで、正しくは”灯油”です。ガソリンは揮発も燃焼も速くて、一瞬で燃え尽き、踊る暇はありません。
売っている薬品は、買って来ます。仕事として合成しません。自分で合成するよりも買ってくるほうが安いからです。
販売されていない場合でも、売られている薬品の中から完成に近い分子を探して、それを材料として使います。
いざ、合成作業に移る際も、勘や「とりあえず」では作業に入りません。
調べられることは調べ尽くします。計算でわかる範囲は計算をしまくります。材料も時間も、最短、最安値の方法を探してから、合成作業に入ります。
これが「化学合成と言う方法論」での仕事のしかた。
他の仕事に取り組むときも、
「あとは、もう実際にやってみるしかない。」というところまで、念入りに準備をしてから、
実地に取り組むのが性に合っています。
計算すれば絞り込める選択肢を含めて「とりあえずやってみよう」と言うのは性に合いません。イヤです。
脱線ついでに解説すると
「化学は記憶」と言う他の分野の専門家がいましたが、
他の作業と同じように、記憶に頼るのはダメです。
危険です。重要なことほど、記憶に頼らず、確認しながら取り組むのは、化学でも同じです。
記憶していなくても、調べて確認できれば良いです。
どちらかというと、化学合成屋に必用なのは、計算の能力です。
「その化学反応は起こるのか。」
と予測できる(計算できる)能力。
化学を専門に勉強した人と、そうでない人の決定的な違いは、
化学屋が、分子軌道計算の結果でわかる結合の手の位置を必ず想像して、分子模型を頭の中で組み立てられる一方、
化学屋でない人は、その結合の手の角度を記憶して覚えているという違いです。
あ、この手法では映画は撮れません。
小説も書けませんね。
小説家が「書いているうちに、登場人物が動いてくるから、それを描写するだけ。」と創作手法を語っていたのを読んだ覚えがありますが、化学屋の手法では、これが出来ません。

閑話休題(泣)

【グループによる創作】

その他には、グループで共同作業で進める手法についての考察が含まれている点も特徴的に感じました。
作中で取り上げられているのは油絵や日本画ですが、この作品(長篇小説)も基本的には一人の作家が、自分の才覚だけを頼りに創造した作品です。
しかし、同時に小説も(絵画も)、必ずしも一人でなくても(グループでも)構築できる手法はあるはずです。
また、たとえば音楽でも、基本的に一つの作品を一人の作曲家が煉って完成させるのだと思いますが、複数の人が共同で一つの作品を作曲する手法もあるはずです。
その時に、著作者として連名に連ねるのか、または代表者の作曲とするのか。
法律で、僕が存じているのは、工業製品のデザインなどでは、意匠登録する際に、必ず実際にかかわった人を挙げていないと有効にならない、と教わった覚えがあります。
音楽や絵画などでは、どうなのでしょうか。よく存じ上げません。あ、ビートルズの曲は、ポールマッカートニーとジョンレノンの連名になっていますね。 知り合い(と言っても、個人サークルでコミケに出店しているときに話しかけたのが切っ掛けで、舞台を拝見しに行ったりと言う程度の(観客としての)知り合いと言う程度です)がリレー小説で執筆したファンタジー「Schwarz-Weiß」(滝川紫王、乃川りべっと著、文芸社1998/11/10)
も著作は連名になっています。

その他

【究極の芸術至上主義とは?】

【呪われたように思われる人生を生きる意味とは?】

【一つの真実も、語り部によって、全く様相を異にする事実】

【バカは使い物にならないが、悪は使いよう】

【本当に仕事として内偵をすることとは?】

この小説を語る切り口は、たくさんあるのですが、もう長々と書いたので、ここではこれで筆を折ります。ていうか、サブ・ブログ

daniel-yang.hatenadiary.jp

にかなり書いたんですけれどもね。

映画の計画はどのくらい進んでいるのでしょうか。そこが一番気になります。

小説は小説として、完璧以上のゴージャスでパーフェクトな出来映えだと思いましたが。

2021年10月19日
No. 666

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