受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 280 君たちはどう生きるか / 吉野源三郎 著 を読みました。

著者がコペル君の精神的成長に託して語り伝えようとしたものは何か。それは、人生いかに生くべきかと問うとき、常にその問いが社会科学的認識とは何かという問題と切り離すことなく問われねばならぬ、というメッセージであった。著者の没後追悼の意をこめて書かれた「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」(丸山真男)を付載。
  カバーの表紙を転記  
コペル君。本名は本田潤一。中学二年生。十五歳。
大きな銀行の重役だったお父さんが二年前に亡くなって、都内の邸宅から郊外に引っ越してきました。
叔父さん。コペル君のお母さんの弟。大学を出てからまだ間もない法学士。
ときどき、コペル君のうちを訪ねてきます。
 
【構成】
・ 学校での出来事、友だちとのつきあい、デパートの屋上から通りを眺めていて気づいたこと。多感な時期を送るコペル君の物語。
・ その話を聴いて叔父がコペル君に語る「ノート」
の二面で構成されています。
 
僕は小学生の時、毎朝少しずつ担任の先生が読んでくれたのを聞いたのが最初です。
近年はマンガ化されています。
「漫画 君たちはどう生きるか(マガジンハウス2017/8)
 
【セカンドタッチ】
僕は、岩波文庫版で復刻されていることを知ったときに、思い立って、購入しました。
購入して初めて気づいたのは、この本が1937年に「日本小国民文庫」の一冊として最初に出版されたこと。軍国主義が浸透し、小学生が「小国民」と呼ばれ、教育が荒廃してゆく中、時勢の悪い影響から守りたいと山本有三を中心に編纂されたこと。
たぶん、先生から読み聴かされたのは、戦後ポプラ社から刊行されていた「ジュニア版吉野源三郎全集1 君たちはどう生きるか(1967年4月15日刊)だと思います。
 
 
【感想】
小学生の僕は、
コペル君がデーパートの屋上から繁華街を行く人を見下ろしていて、社会学上の大発見を再現してしまったり、
ナポレオンにあこがれる級友の姉に影響を受けてしまったり、
友だちとの約束を破ってしまったり。
はらはら、どきどき、
「僕も利発に成長したいものだなぁ。」なんぞと思った記憶があります。
まさか、戦前に書かれたものだなんて思いも寄りませんでした。
小学校を卒業して二十年目の今年。初めて自分で読んで愕然とするのは、「今の自分に、必要な教訓が多すぎる!」でした。僕たちの将来を思って、毎朝読んでくれた先生に申し訳なく思うとともに、せめて、再度この本に出会えたことを切っ掛けとして、著者がコペル君の精神的成長に託して語り伝えようとしたことを考えていきたい、と思ったのでした。
 
【余談】
先日趣味の温泉に浸かっているとき、小学生の息子を連れた親子と一緒になりました。
海辺の露天風呂で、フナムシが寄ってきます。
息子曰く「この虫もカンブリア紀に進化したものなのかな?」
お父さん曰く「そうだよ。カンブリア紀には、沢山の生物が多様な進化を遂げたんだ。」
と。
子どもが自然に興味が沸いたことを大人に尋ねることができる環境が、
いかに学習意欲に役立つものか思いながら海辺の温泉に浸かっていました。
そういえば僕も、小学生のころ、父親と風呂につかりながら、
昼間、自転車に乗っていて気が付いたこと
「走っている自転車から自動車を観ると、ゆっくり走っているように見えるよね。」
と相対速度の概念の発見を父親に話した記憶が甦りました。
この本のコペル君とおじさんの関係は、子どもが自然と学習意欲を持つ動機付けになるものです。
子どもに「勉強しろ」と言うよりは、子どもの興味を膨らませる会話を持つ機会を充分にとるようにする方が効果的だ、と思い至りました。
子どもと充分に会話ができないのであれば、
この本を読んであげるのも良いか、と思いました。
2001年 3月 3日
マンガ化の際に投稿したamazonレビューの内容を加味して追記。2017年11月21日
No. 280

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