受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 659 鍵のない夢を見る / 辻村深月 著 を読みました。

どうして私にはこんな男しか寄ってこないのだろう? 放火現場で再会したのは合コンで知り合った冴えない男。彼は私と再会するために火を?(「石蕗南地区の放火」)夢ばかり追う恋人に心をすり減らす女性教師を待つ破滅(「芹葉大学の夢と殺人」)他、地方の町でささやかな夢を見る女たちの暗転を描き絶賛を浴びた直木賞受賞作。
  カバーの背表紙を転記  
「身勝手な理由で」
凶悪犯罪の判決文が報道された際によく聞きます。
この短編集を読むと
「本人にとっては正当な理由だったのだろうな。」
と思いました。
犯罪が身近に感じられる短編集です。
仁志野町の泥棒  小学生の時に近所に住んでいた泥棒の常習犯とその家族の話
家族を非難するのも筋違いだし。こういう人達を特定の割合含んでいるのが世間、と納得するしかないような、むなしい気がしました。
同時に「人はみな同じではない。」と分断があることも前提としているのがこの世の中だ。と納得するものでした。
石蕗南地区の放火  育った実家の向かいは消防団の詰め所。その詰め所が放火にあった。
読み進むうちに「地元で大きな顔をしているやつ、ってこんなタイプだよな。」と思い当たりました。
物語は、彼と絡む女性の側からの視点で進みます。受け身であることのリスクのケース・スタディーにもなるような気がします。
美弥谷団地の逃亡者  逃亡中の若い男女
君子危うきに近づくなかれ。
芹葉大学の夢と殺人  ゼミの先生だった人が殺された。容疑者は元恋人
寛容にも程がある。自立させないほどの甘やかしを相手の家族と張り合うのは無謀。
君本家の誘拐  気付いたら娘を乗せたベビーカーが見当たらない
問題は良枝の孤立なのだろうと思いました。
犯罪を犯す三要素は「実行可能」「動機」「正当性」だそうです。
この短編集で語られる「夢」は、僕が読んだところでは「正当性」でした。
「芹葉大学の夢と殺人」の羽根木雄大の正当性は自分の「夢」であり、家族と二木未玖に認められており、坂下元一工学部教授には否定されたようです。
世間一般にも認められず、すなわち就職はできないし、社会生活を送ることもできません。親に生活費を支給してもらわねば生きていけない状態が続きます。
「子育てとは、子どもにとって自分が不要になるようにすること。」と聞いたことがありました。しかしながら、羽根木雄大の親の子育ては、いつまで経っても、必用とされる誤ったものでした。
凶悪犯罪の原因には、認められない自分の正当性を押し通すために実行されるものがあるようです。
犯罪に至らない場合でも、友だちづきあいや、恋人が自分の身勝手な正当性を認めてくれる人に限られ、それが「悪い友達」や「集る恋人」を呼び込んだり、あるいは孤立することになるようです。
「仁志野町の泥棒」では、その娘の友達関係がうかがい知れます。
「石蕗町地区の放火」は、放火魔の「夢」を理解出来ずに、空振りをする様子が描写されている、ということだと思います。
「美弥谷団地の逃亡者」は、そんな夢を持った人とは距離を置くべき、という教訓として語られていると思いました。
「君本家の誘拐」の場合は、良枝の正当性が周囲に認められていない結果の孤立が問題だと思うのですが、良枝本人は、周囲が悪い、という意識が変えられずに、このまま孤独な(または、子どもに執着した)一生を送ることが予想されます。

こんなふうに、登場人物の問題を考えつつの読書でした。気がつくと本を読んでいる間は(普段は、仕事や家庭のことなどがいつも頭から離れないのですが)他のことを全く考えずに、物語に没頭していたことに気がつきました。「なるほど、小説の楽しみは、この没入感にあるな。」と、最近ノンフィクションを読むことが多かった僕の新たな発見となりました。

文庫の巻末は解説に代えて対談です。同じ山梨県出身の直木賞受賞者として林真理子辻村深月の対談を「どこでもない”ここ”で生きる」と題して収録しています。本作の登場人物とは真逆です。ハッタリや、無理を押し通したり、強く言って黙らせるようなことが全くありません。
自分の作品であっても客観的な評価が出来ていて、なおかつ、お互いに理解があり、会話が噛みあっていて、読んで理解が容易です。
つまり、正直でまともです。ストレス皆無。加えて(トッププロの対談なのであたりまえですが)小説作品に対する造詣が深く、なるほどな、とうなずくことしきり。居心地が良い。
小説の犯罪者に限らず、普段仕事や家庭で、理不尽だったり、横暴な言い輪回しに疲れている自分にも気がつきました。
そして、自分が友達と思っている人が、みな客観的な正当性を考慮する正直な人だ、とその特徴に気がつきました。(だから、久しぶりに会うと、強引に否定された考えなどをお互いに確認する会話で三時間ぐらいは費やしてしまうのですがね(^_^)
2021年 7月 7日
No. 659