受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 445 死の壁/養老孟司を読みました。

死の壁 (新潮新書)

死の壁 (新潮新書)

 
一昨年話題になった「バカの壁」の続編。同じ新潮新書の編集者がインタビューを文章にしたものです。
前回は、人のコミュニケーションについての鋭い切り口が印象的でしたが、今度の話題は、誰にでも(時間の長い短いはあれど)確実に訪れる「死」の扱いについて。
 
前作についての感想がやたら長くなってしまいましたので、今回は、特に印象に残った第六章「脳死村八分」で扱った死生観の民族性についての感想だけを述べます。
まず、常に意識しているわけではありませんが、僕も他人の死について「死んだら仏」と言う死生観を持っている事に気づきました。そして、それを当たり前に思っている自分が、実に日本人的なものの考え方をしているのだと気づかされました。
この章ではイラン人の火葬と中国人の死生観を比較しているのですが「所変われば品変わる」の例えのように、僕が当たり前に思っていた死生観も、実は特徴的だったのですね。
僕は意識せずに独自の価値観を持っている集団の一員であり、僕が当然の常識としている感覚が、実は他民族と比較すれば、個性的な面もあり、死を考えるときには、自分自身の問題として考えるべきだと、自分の思考を働かせるように促されているように感じました。
 
TVニュースなどを見ていると、僕たちは、自分の国の政治方針を近隣の国の意向に配慮して決めるべきだと言う意味の意見を耳のするのですが(それは、それで大切だとは思うのですが)それよりも、他国とは違う価値観を持った我々が、先ず、自分達はどうしたいのか、その方針を先ず自ら考えるべきだ。と思う……と言うのも、飛躍しすぎでしょうかね。
それでも、自分の事は、先ず自分の性質を知り、自分で考えてみようと思い直す切っ掛けになったような気がします。

2005年5月18日
No.445