No. 465 喪失の国 / M. K. シャルマ=著/ 山田 和=訳 を読みました。
インド・エリートビジネスマンの「日本体験記」 喪失の国、日本 (文春文庫)
- 作者: M.K.シャルマ,山田和
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2004/01/09
- メディア: 文庫
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インド人ビジネスマンによる、バブルの余韻残る90年代初頭の日本滞在記
インド人の著者が、バブル景気の余韻が残る一九九〇年代初頭の日本で過ごした一年余りの滞在記です。
著者は、外国の経済をレポートする調査会社の調査員です。
僕がこの本を読んでの推測ですが、インドの商人向けに
「日本と貿易するには?」
をレポートすることを仕事としていたのだと思います。
本書は、著者がプライベートで記した手記であり、経済面については(職業上の倫理として)排除しています。
しかしながら、日常生活、いわゆる「付き合い」など、おそらく日本に来た外国人が体験するであろうカルチャーショックを社会背景、民族性に対する深い分析、考察とともに具体的に記していています。
日本人の僕が読むと
「日本人とはどんな人なのか。」
を教えられます。
比較文化論として秀逸
タイトル「喪失の国」から受ける印象で、読む前には批判的な文章を想像しました。
しかしながら、この手記は「良い」「悪い」と言う評価を避け、純粋に文化の相違点とその背景の分析、考察に徹しています。
冒頭で(日本人からは古い悪習と批判されるであろう事が容易に予測される)占いによって出発の日取りを決めた事を敢えて取り上げているところが良い例です。
異なる文化に接すると
「どちらが良いのか、どちらの習慣に改めるべきか」
つまり、善悪や優劣を考えてしまいがちですが、
どちらの文化も、その環境や歴史に根差したものであるならば、その理由やメリットがあるはず。
例えば日本人の生魚食(さしみ)がインドでは禁忌である事が書かれていますが、
これは(日本でも鮮度が低ければ同じ事なのですが)インドのように暑い国では、火を通さずに食べることのリスクが日本に比べて遙かに大きいことが理由として考えられます。
そう考えれば、生魚食を「野蛮」と批判し、無用な背離を避けることが出来るというもの。
本書の善悪や優劣を避けた純粋な文化の違いに対する考察は、つまり、異文化理解のあり方のお手本を示していると思いました。
伝統的な武器の形状から、敵認識する相手を考察
本書で取り上げたトピックのなかで秀逸に感じたのは、
伝統的な武器の比較と、
伝統的な武器については、日本刀のような芸術的な機能美に言及し、殺す相手への憎悪や嫌悪が感じられない、精神性が感じられる特異性を指摘しています。
一方、たとえばインドのジャマダハルの禍々しさは、戦争で使用するときの相手=敵が異民族であり、敬意を払う相手ではない、
と、その対比を述べています。
ここで、慧眼に感じたのは
「それならば、日本で、まがまがしい武器が使われるシーンはあるのだろうか?」
と考察を深め、十手に言及した点です。
犯罪者の捕り物に使われる武器である「十手」のまがまがしさは、
つまりインド人が異民族を相手に容赦なく敵認識し、倒すことに躊躇しないのと同様の躊躇の無さが
日本では「犯罪者」に向けられるからなのではないか、と言うことです。
僕は鋭いところを突かれたように感じました。うぅむ。
三島由紀夫論
著者の祖国の友人評も交えて、客観的であり、面白く感じました。
「国を憂う志士なのか」
「単なる劇場型犯行なのか」
日本人からも聞くことのできなかった三島由紀夫の心理追究は、客観的であり、迫力もありました。
おそらく新渡戸稲造の「武士道」を読んで勉強している
末尾でカースト制の将来について、日本人向けに考察を披露している項を読むと、
その長所、短所の述べ方が、武士道が将来にわたって日本人の倫理として機能することを予測した新渡戸稲造の「武士道」の論法を念頭に置いているように感じられました。
著者は、ビジネスマンであり、作家としての側面は持たず、経歴もあまり明らかにされません。(訳者が、その視点の鋭さに気づき、本書を上梓した形です。)
が、よく日本を研究してビジネスに取り組んでいるインテリジェンスが明らかです。
海外のインテリは、日本を研究しようとすれば新渡戸稲造「武士道」
- 作者: 新渡戸稲造,矢内原忠雄訳,矢内原忠雄
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1938/10/15
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や(かつてJ.F.ケネディーが「上杉鷹山」に言及したとの都市伝説があるように)内村鑑三の「代表的日本人」
なども読まれるようです。
もう一冊岡倉覚三「茶の本」
を加えた三冊が、
英語で記された日本の精神性を海外に伝える
代表三作
だそうです。
僕は「武士道」しか読んでいません。
読まなくっちゃ、と思いました。
2007年 3月21日
加筆:2019年 3月30日
加筆:2019年 3月30日
No.465