受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 507 赤い長靴/江國香織著 を読みました。

赤い長靴 (文春文庫)

赤い長靴 (文春文庫)

 
結婚十年目の日和子と逍三。子供無し。夫婦二人の日常を描いた連作短編集です。
家庭での日常会話が噛み合わない夫婦の日常です。会話が噛み合わないから、この夫婦が別れるか、と言えばそうではありません。会話が噛み合わないことを「良し」とするでもなく、結婚生活が続きます。では、浮気をするのか、と言うと前作「スイートリトルライズ幻冬舎文庫2006/8/5)
スイートリトルライズ (幻冬舎文庫)

スイートリトルライズ (幻冬舎文庫)

 
のように、紆余曲折があるわけでもなく、淡々と結婚生活が続きます。何が楽しくて結婚をしているのか。端から見ると(端から見えない部分の結婚生活を描写しているのですが)ワケがわかりません。独身の人に「これが結婚生活です。」と言うと「ならば、結婚なんかしたくない。」又は「わたしはこんな結婚はしない。」というような反応が返ってくるような結婚生活だなぁ。と僕は読みました。
日和子がこの小説の中で指摘する逍三のおかしな点は、(彼がまともに社会人として成立していることを考えれば)おそらく人によっては、全くおかしくない点、又は彼の個性であり、そんな彼を認めて結婚したのが日和子なのではないのかな? と僕は思います。でも、日和子は、それを彼の欠点として指摘し、この小説は終始日和子の逍三に対する指摘です。
男の僕がこの小説を読んで愉快だったのは、その指摘を馬耳東風、聞き流ししていく逍三でした。
逍三の個性を修正すべき点として指摘する女性は、逍三の類が希であることを前提にしているのだろうから、彼以外の男はほとんど、逍三のような欠点を持たないと考えているのだろうけれども、僕は、家族に逍三と同様の指摘される男は多いような気がします。
もちろん、そうではない男も少なからずいるようです。彼らを分析して考えてみると、その共通点は、時々感情的になる母親を持った男であるような気がします。
そんな母親に育てられると、結婚後に妻から不平不満を述べられることなく生活できる男が育つのかなぁ。と思いつつ、だから、どうした? とそんな分析が全く何の役にも立たない事が思われて、空しく感じる読後感でした。
読んで空しいこの小説は、空しい日常を肯定しているようにも感じられ、一種の慰めになりました。

2008年11月15日
No.507