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受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 460 お金のある人の恋と腐乱/姫野カオルコ著 を読みました。

姫野カオルコ

南の島でのアヴァンチュールを満喫した気分です。

お金のある人の恋と腐乱 (徳間文庫)

お金のある人の恋と腐乱 (徳間文庫)

 
Kindle版もあります
四編の輪環形式連作小説集です。
今はあまり使われなくなった言葉ですが、いわゆるブルジョアジーたちの日常とアバンチュールを描いています。
2006年に新潮社から「コルセット」として刊行され、2009年に文庫に収められました。2014年に改題「お金のある人の恋と腐乱」として徳間文庫へ移管されました。
反行カノン   官能から始まった純愛  
恋愛ではない結婚をした女性の結婚後の恋愛を描いています。
彼女の裕福でありながらの不自由さに同情を感じました。
その一方で、ここで描かれる恋人への恋心がきわめて健全だと思いました。健康的な肉体的欲望に加え、相手の将来に配慮する社会的な成熟もあります。
惚れられるなら、こんな女に惚れられてみたいものだ。と思いました。
フレンチ・カンカン   倒錯した被虐趣味  
同じく恋愛に依らない結婚をした女性の視点で、夫の愛人との奇妙な同居生活を描いています。
抑圧の中で生きる彼女の、夫とは違う屈折の仕方で爛れている精神生活を感じました。それでも、表面的には均整のとれた日常を過ごしきるのであろうと思うと、おそらく平凡と言われる人生の実態に接したように思えました。
三幕アリア   すれ違った片思い  
四編の中では起承転結の「転」に当たるこの一遍だけ家政婦の子供=女子高校生、つまり庶民の視点からブルジョアの男を描いています。
いずれにしろ僕には縁のない世界ですが、「援助交際を求める大人がいる」と気づいた高校生の、さらには「それを求めない大人もいる」事に気づいた高校生の悔しさから取る行動と、後年それを振り返る彼女の成長が健全でした。
輪舞曲   南の島での三日間の邪淫  
一族の期待に応えられず旅した女性のヴァカンスを描いています。
これこそ、官能の極みだ、と思いました。
ストーリーも舞台も甘美。僕も南の島でのアバンチュールを満喫した心地がします。
最初に読んだときには、彼女の、この一度きりの官能が、後の、生まれに定められた不自由な生活への前払いとなっているのかもしれない。と思いました。今回読み直して、少し違った感想を持ちました。一度でもこんな官能が味わえたら、面倒な責任を引き受け、家業に専念することも厭わぬ決心がつくかもしれない。です。秘匿しなくてはならないようなアバンチュールで得た幸福の記憶は、その後のやっかいで面倒で長い人生を生き抜く糧になります。
例えば僕が「宝くじが当たったら」と、思い描く働かずに済む人生を、それぞれの経済活動を続けながら余暇として過ごす彼らの現実味ある物語でした。
彼らの生活が羨ましいか、否かではなく、僕とは違う人生を歩む人の生業を疑似体験した感覚です。
2006年10月1日
No.460

 

文庫化されたので、再び買いました。著者自身の「或る試みとしての『コルセット』/文庫あとがき」 が、良好な解説になっています。
また、そこで紹介されているエピソードは、ショートショートとして大変愉快でした。
「担当編集者による解説」も付いています。文体の解説と味わいについて述べた内容に説得力がありました。
「旅行しているような気分」
は的を射ていると思います。
2009年5月16日

 

上の感想文は今回徳間文庫を読み直して、多少書き加えています。でも、十年近く経って読み返しても、「旅行してきたような気分」は同じでした。
「旅行に行きたくなった。」ではなく、「旅行してきたような」気分です。今は、冬のまっただ中で、外は寒いですが、「あんなに、楽しい旅行をしたのだから、気にならない。」と言いたい気分です。
「もう一度旅行に行きたい。」とも思いません。実際にこの小説の登場人物が行くような旅行を考えてみます。僕の結論は「これほど好き勝手に使える金があるなら、別のモノに使う。」です。
自分が、つくづくと小市民である事を思い知った次第です。
2015年 1月18日