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受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 598 裸はいつから恥ずかしくなったか 「裸体」の日本近代史 / 中野明 著 を読みました。

老若男女が入り乱れる混浴の公衆浴場、庭先で行水をする女性たち、裸同然の格好で仕事をする人々……。幕末、日本を訪れた外国人たちは互いの裸に無関心な日本人に驚き、その様子をこぞって記録した。しかし急激な近代化が日本人の裸観に影響を与え、いつしか裸を不道徳なものと見なすようになる。同時代資料を丹念に読み解き、日本人の性的関心と羞恥心の変遷をたどる「裸」の日本近代史。
  背表紙を転記  
僕が中学生の時に通っていた塾は、近所の米軍キャンプで教師を務める人がほとんどボランティアのように経営し、地域との交流にも取り組んでいました。海外からの留学生の世話もしており、塾で英語教師としてアルバイトをさせていました。その中の一人、オーストラリアからの留学生の女性と授業後に雑談をした時の記憶があります。
日本に留学に来るのですから、日本が好きなのでしょう。日本らしい、と言う意味でか、大相撲での力士の取り組みを撮影した写真を何枚か示しました。彼女曰く「見えそうですね。」と。
言われてみれば、大相撲の力士が取り組みをする時の格好は、ほとんど裸。パンツ一丁よりも露出が多い。でも、彼女に指摘されるまでは、僕は、力士の裸体に、セクシーだとか、性的な意味が在ることを知りませんでした。
同じ事はプロレスにも言えると思います。パンツ一丁の半裸の男性が取り組みをするわけです。でも、プロレスファンも、おそらくセクシーの要素には全く気がつかず、熱戦を熱中して観戦していると思われます。
他には、夏の海。僕は神奈川県生まれ。高校生の時の夏休みには毎週のように小田急江ノ島線に乗って、由比ヶ浜や片瀬海岸に泳ぎに行っていました。どれだけ足の立たないところに浮かんでいられるかに挑戦していて、水着の女性が特にセクシーだと思って眺めてしまうような事はありませんでした。
就職した後、恋人を気軽に海に誘う度に、彼女らが気合いを入れた水着姿に評価を求められました。泳いだり、ビーチボールで遊ぶことしかビーチでの過ごし方に興味が無かった僕は、うまくレスポンスを返すことが出来ませんでした。つまり、本書で扱われているようなカルチャーショックを味わっていたのでした。本書を読み終えて気がついた次第です。(性的な興味は、具体的なラブアフェアの場にのみ存在しました。)

 

本書は、冒頭で幕末に外国人によって描かれた下田の公衆浴場(混浴の公衆浴場)を示します。
たしか、伊豆急で下田に行く際の「黒船列車」の中にもこの絵が展示されていたように記憶しています。
男女入り乱れて風呂に浸かったり身体を洗っている絵です。
現代人である著者が、現実味を感じられず、実際のほどを調べる切っ掛けになったことを述べ、本題への導入としています。
序章の全文が(問題の下田の公衆浴場図も含めて)、webちくまで公開されています。ご参考にしてください。

www.webchikuma.jp

絵が描かれた背景の文献調査に始まり、江戸時代の全国的な公衆浴場の状況、開国時にカルチャーショックをうける外国人もいれば、温泉の楽しみを覚える外国人もいたことを紹介します。また、政府の対応と庶民の変化など、本書のテーマに関わる風俗を取り巻くあらゆる事情を丹念に調べ、時代の移り変わりと庶民の感覚の変化をわかりやすく解説しています。
本題ではありませんが、下着に関する庶民の感覚の変化を解説して、白木屋の大火(1932年)前後の状況(女性にズロースをはく習慣がなかなか広まらなかったのは、直接肌に触れる下着が不衛生に思えたからではないか。などの考察を交えています。

結論として、現代人が公共の場で、人の「顔」を注視しないのと同様に、当時の日本人同士も(浴場や庭先の行水での)他人の裸体を注視しないよう訓練されていたのだろう、と推察しています。マナーとして成立していた、裸を恥ずかしいと感じない文化を、僕も理解出来たように思います。たいへん説得力がありました。

ぼくが異文化を理解しようとすると、どうしても自分の価値観を元に、先ず批判、評価、優劣が気になる傾向があることにも、思い至りました。
未知との遭遇における、異文化理解とは、たとえば本書での取材や、資料をあたるように、当時の人の感覚に思いを馳せて、寄り添いながら考えていく必要がある、と学習しました。

 

近年僕は温泉を趣味にしており「石けんを使ってはイケマセン。」と言うような秘湯にも浸かるようになりました。
そんな秘湯で、時々バスツアーなどで(誤って?)やってきた不慣れな人とご一緒する機会があります。
「外からまる見えじゃねぇか。」「ちゃんとドアを閉めろよ。」とか「シャワーが無い!髪の毛洗えない。」「バスタオルを巻けよ。」などと文句を言っているのを聴く機会があります。
なるほど。僕も以前はそんな感覚でした。(初めて「石けんを使わないで下さい。」と浸かるだけの温泉に行った時には、確かにショックを受けた記憶があります。)今では慣れたのだな。とつくづくと思います。
今は温泉旅行に行く際にバスタオルは持っていきません。タオルで水分を払った後、乾燥するまで待って、服を着ます。

 

「公衆浴場は日本の文化。」と言う方もいらっしゃいますが、現代人にとっては、そうでも無いかも。でも、郷に入ったら郷に従えと言うように、建前であっても、温泉や銭湯に浸かる際には、お互いの裸を気にしないように心がけようと思います。

2017年 5月23日
No.598