No. 453 みんなの秘密 / 林真理子 著 を読みました。
倉田涼子、三十四歳。キスに対して少女よりもおぼこな人妻は、不倫という甘い蜜を手に入れた。キスだけの淡い恋に酔いしれ、その先の関係におそれおののくが……「爪を塗る女」。何かを隠して生きている妻、夫、娘、愛人たち、人間の密やかな喜びと切なさを描く連作小説集。第三十二回吉川英治文学賞受賞作カバーの背表紙を転記
親しき仲にも礼儀あり。言わないでも良いことを敢えて言わず秘密にしておくのも礼儀なら、この連作集は礼儀正しい男女の、礼儀正しい恋愛小説なのですが。
- 爪を塗る女
- 様々な可能性が有るように思えるのが若さと言うならば、その可能性を選択して絞っていくのが大人に成る課程でしょうか。
周囲の友人より早くに結婚した涼子に訪れた思いがけない選択肢が彼女に与える幸福感は、彼女に若さの再来として映った結果かも。業に沈む彼女が見る甘い幻想は判るような気がするのですが……。 - 悔いる男
- 本当は無意味だと判っていても、考えてしまうのが恋人や配偶者と自分のバランス=損得勘定。かつての恋人を思い出し、捨てた選択肢に思いをはせて自分を慰めるのも無意味だけれど、実害が無いならばそれもよし。実害が無いならば良いのだけれど……、
- 花を枯らす
- 業に流される彼女の不幸でした。
- 母の曲
- 他に趣味でもあれば良いのに。と思わず宗一の愚かさを思ってしまう、彼を支配する欲望でした。
- 赫い雨
- 親と同年代の恋人が与える快楽と、親に感じる嫌悪感。客体として生きる美雪の心境の変化は、いずれも主体性を欠いていることが印象深い一遍でした。
- 従姉殺し
- 容姿も学歴も職業も、収入も、家庭も愛人も何もかもを持っている完璧な修司の修正できない秘密。無から身を起こし、成功した人が次に手に入れようとするのは健康な肉体や若さだと思うけれども、それさえも手にした人が次に欲しがるもの、それが過去なのかもしれぬと思う一遍でした。
- 夜話す女
- 何も知らない夫の暢気さが妙にうらやましく思えました。
- 祈り
- 高級住宅地に住む人の、もう一つの顔をかいま見たような一遍。新興住宅地の集合住宅で育って、郊外の工業団地に勤務する僕は、つまり生まれてから大きな環境変化を経験していない事に気づいたのでした。
- 小指
- 祐子の持つ甘美な秘密は、秘密の種類に、これほど幅のあるものかと思うものでした。
- 夢の女
- のんきなものですね。
- 帰宅
- こちらは、自分の心の平静のために必要な秘密。これだけ普通に見える人みんなが秘密を持っていると、ろくな秘密を持たない自分が非凡に思えてくるのでした。
- 二人の秘密
- オーラスは、完結する秘密。政策の失敗した治世者が共通の敵=外的を作り国民の目を外に向けさせるのは、よくあることですが、個人レベルでは共有する秘密も使えるのだと思えたフィナーレでした。
それにしても、秘密の多種多様な事。また、その効果効用も千差万別の一冊でした。
2005年10月19日
No. 453
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