受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 596 小倉昌男 祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの / 森健 著 を読みました。

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第22回(2015年)小学館ノンフィクション大賞受賞作。
史上初、選考委員が全員満点をつけて受賞したそうです。
書籍化にあたり「長いあとがき」が加筆されています。あとがきと言うよりは、終章と言う趣です。取材の焦点であった、小倉昌男の仕事や活動をともに支えた人々への取材結果の報告時の様子、小倉昌男の子息、息女のその後の劇的な変化などを盛り込んでいます。

 

取材対象の小倉昌男は、企業人として成功を収めた人です。
僕は先ず小倉昌男がどのように仕事で成功したのかを知りたいと、本書への期待をもって読み始めました。
次に、成功した結果を(凡庸に生きた僕などができない)何に生かしたのかを知りたいと思いました。

 

本書は、単に小倉昌男の人生を時系列に記すのではなく、よく練られた構成になっています。
序章「名経営者の「謎」」で晩年の小倉が渡米したいと言い出し、周囲が奔走した様子から筆を起こします。ここで、著者が取材を始めた動機となった「謎」が提示されます。
第1章「私財すべてを投じて」で、ヤマト運輸から退いた後の主な活動(福祉事業)への取り組みの様子を語り、序章の謎に対し、一応の答えを提示します。
第2章「経営と信仰」からは転じて小倉昌男の学生時代からを時系列で紹介していきます。

 

第8章「最後の日々」で、ほぼすべての謎が解けて本書は終わります。冒頭に記したように、第9章と言っても良い「長いあとがき」で後日談が語られ、謎が解けた結果を読んだ僕は、幸福感を味わいました。

全体を通しての感想は
小倉昌男の人生は、人生の成功者と言うべき、間違いの無い、誰もが手本とすべき人生だ。」
でした。
苦労と努力の結果として築き上げた財産を有効に使い、周囲の協力も得て、死後も脈々と受け継がれる事業として残したことが窺われます。読者である僕は、たいした努力もせず、成功も収めていませんが、できる範囲で見倣いたいと思いました。

 

さらに、読み終えた後、しばらく咀嚼していると、小倉昌男が注いだ愛情のありかたにも、見倣うべき点が多々あると思い直しました。ちょうど司馬遼太郎坂の上の雲」第二巻(文春文庫1999/1/10)
坂の上の雲〈2〉 (文春文庫)

坂の上の雲〈2〉 (文春文庫)

 
を平行して読んでいたとこだったので、司馬遼太郎が描く正岡子規がその弟子に注ぐ愛情のありかたに共通のもの(執着)が描かれていることが発見できました。
弟子であれ、肉親であれ「執着は、迷惑だ。」が僕の信念でした。
つまり、本書を読んで、自分の人生観を否定された具合です。
ただし、自分の人生観を否定されて、素直に受け入れることができました。自分のことを頑固だと思っていましたが、本で読んだことを素直に受け入れる自分が新鮮でした。
おそらくこれが、著者の筆力というものなのでしょう。
執着を持って愛情を注ぐ対象がいる人生は素晴らしい。と羨望する自分も新鮮でした。

 

本書の主題は(僕が読んで感じたことですが)以上のような、愛情に溢れる人生のお手本と言うべきものです。

加えて、肉親以外の人との(強い執着を伴わない)信頼関係に基づく充実した日々も描かれていることが慧眼だと思いました。

特に第6章「土曜日の女性」で描かれる、小倉昌男の最大の理解者と思われる人への取材結果に目を見張りました。
なぜ小倉昌男が、やっかいな官僚たちと闘いながら「宅急便」と言う事業を構築できたのか。推測としてこの女性が語る内容に「あ、この人は本当に小倉昌男を理解しているのだな。」と納得しました。
強い絆でつながった肉親とは別に、深く理解してくれる人が周囲にいたことが解ります。

 

今、この感想を書きつつ
「僕も、「あきらめた。」などと言わず、家族に執着が持てればな。」
とか、
「僕を理解してくれる友人が欲しいな。」
など寝言のようなことが頭に浮かんできました。
僕の寝言のような羨望も、それを実現すべく行動に移して努力すれば良い。と、本書を読んで学んだことを思い返しました。

 

最後に、本書を読んで疑問が残りました。
著者はなぜ、肉親の愛情と言う機微を取材できたのか。と言うことです。
僕の最後の疑問が、小学館ノンフィクション大賞を受賞するような作家が持つ仕事の技量で、おそらく学校で習うお勉強などでは身につかない、人柄と努力の結晶なのだろうな、と想像しました。

2017年 5月21日
No.596