受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 562 恋歌/朝井まかて著 を読みました。

恋歌 (講談社文庫)

恋歌 (講談社文庫)

 
第150回(2013年下半期)直木賞姫野カオルコ著「昭和の犬」幻冬舎2013/9/10)
昭和の犬 (幻冬舎文庫)

昭和の犬 (幻冬舎文庫)

 

と一緒に受賞した作品。

和歌の私塾「荻の舎」の門下生である三宅花圃(みやけかほ1869/2/4~1943/7/18)が、病床の師匠中島歌子(なかじまうたこ1845/1/21~1903/1/30)に私邸整理を依頼されました。中島家の女中、中川澄とともに書簡の整理などを進めるなか、中島歌子が自らの半生を綴った遺書が目にとまります。澄と交互に遺書を盗み読みしていく形で綴られる、主に幕末の水戸藩(現茨城県)の激動「天狗党の乱」を描いたモデル小説です。

 

とにかく、すごい小説です。感想を述べるあたり、「すごいです。」と申し上げるのは、工夫が無く恥ずかしいのですが、とにかくすごいです。
何がすごいかと言うと、描いている内容がSFを除くほぼ小説の全ジャンルを盛り込んでいるのでは無いかと想われるほど盛りだくさんの内容であることです。

 

先ず、本小説は正統な歴史小説です。日本の歴史小説の二大ジャンルは、戦国時代室町時代末期から安土桃山時代、江戸時代初期)と、幕末ですが、この小説が扱うのは幕末です。今まで幕末の時代小説で扱われなかった水戸藩を描いています。今wikipediaを当たったところ、天狗党の乱の経緯のみならず、小説中の登場人物、歌子の夫「林忠左衛門」、すみの息子に至るまで、史実に忠実であることを知りました。
倒幕の主流であるのに、新政府の主要ポストに誰も加わらなかった、その不可解さ故に敬遠されていた水戸藩を敢えて取り上げた挑戦的な歴史小説です。

 

また、政治のありかたについても考える事が多い小説でした。政治手腕に優れ、水戸藩の執政に収まる対立相手の諸生党市川三左衛門が印象的です。市川は、その優れた政治手腕を融和や和解には一切使いません。策を弄して相手に先制攻撃させるなど、天狗党の武力制圧にのみ注力します。政治手腕に優れていることと、優れた政治が目指すべきところが、全く異なることに気がつきました。本書は、優れた政治小説でもあります。

 

次にタイトルの通り恋愛小説です。裕福な商家で、親が勧める見合いをあしらいながら、自ら恋した林に嫁ぐまでの経緯が愉快です。特に、林が嫁に欲しいと談判に来た時の女中の伝聞がおもしろく感じられました。
 
そして、天狗党の乱で激しい弾圧を加える諸生党との根絶やし合戦の渦中で翻弄される人の憎しみの連鎖、人の業を描いた小説でもあります。凄惨な報復、私刑が明治になっても止まない中で、憎しみを断ち切り、和解を模索する個人の必死な努力が描かれています。

 

女性の物語でもあります。主人公の中島歌子を始め、語り部である三宅花圃、樋口一葉など文学で後世に名を残した女流歌人、小説家達が、その名を挙げた動機に注目したいです。その動機は、困窮した家計をなんとか成り立たせたいと願った、経済的な理由である、と僕は読みました。華やかな世界で活躍する女性を、不勉強だった僕は「気楽でいいな。」と羨ましく思っていたのですが、実際は女性として家計を支える手段として、数少ない選択肢の中から、自分に出来ることに邁進した結果だったと知りました。

 

この盛りだくさんの内容が、小説の結末では一つになり、幕末を動乱の中で生きた女性の思いに、読者である僕も心を巡らせるように工夫されています。
ほぼ完璧な完全小説と言えるのではないかと思います。
と言うわけで、すごい小説でした。

2014年8月21日
No.562