No. 527 危険な食卓/小池真理子著 を読みました。
妻と夫、姑と嫁、同級生など、ごく普通の人々の、ありふれた日常に芽生える小さな悪意、裏切りの予感、殺意の兆し。人間の心理を、恐怖というスパイスをきかせて鮮やかに料理した極上のメニュー8編。背表紙より
- 囚われて
- やっぱり、家に閉じこもる(閉じこめる)のは良くないですね。家庭の中だけで人生の人間関係を完結させようと、しても所詮無理。無理が高じると、サスペンスになるわけですね。ただし、この一遍はどちらかというとサイコ・ホラーです。
- 同窓の女
- 夫婦になるなら一蓮托生の覚悟を以て。と言うのは良い心がけだとは思うのですが、それも限界がありますね。
- 路地裏の家
- 放蕩する夫を許す嫁の行く末は。
- 姥捨ての街
- 泣き面に蜂とはこの事でしょうか。常に冷静な判断をしたいと思いますが、状況によっては難しいものですね。
- 天使の棲む家
- 老人といえども侮れません。
- 花火
- 悪人の定義として、人を不幸にする人、と提案されたように思いました。
- 鍵老人
- これも、老人といえども侮れない例ですね。果報は寝て待てと言うべきか。
- 危険な食卓
- 未練も、争点もなく離婚を決めたのならば、綺麗さっぱり忘れれば良いのにな。と僕は思うのですが、意地悪をしてやりたいと考えた二人を襲う危険な食卓でした。
全体を通して、この一冊は背表紙の通り、特殊な人ではない、ごく当たり前の人たちに訪れたサスペンスを描いている事に、読み終えた今、改めて気がつきます。サスペンスは、僕たちの日常にもやってくる。ふとしたことで殺意を感じる事は誰にでも経験のあることでしょう。実行するのと、しないのとには大きな隔たりがあると感じていたのは、気のせいだったのかもしれません。いや、僕は人は殺さないし、殺されたくもありません。
2009年11月24日
No.527