受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 676 「週刊少年マガジン」はどのようにマンガの歴史を築き上げてきたのか? 1959-2009 / 伊藤和弘 著 を読みました。

 
週刊少年マガジン』から知る実録マンガ50年史
「日本初の週刊少年マンガ誌」の座をめぐって繰り広げられた『マガジン』VS.『サンデー』の創刊レースのデッドヒートは、今日まで続くマンガの歴史のビッグバンだった! 本書は『週刊少年マガジン』の旅立ちから、やがて遅れて市場に参戦した『ジャンプ』との熾烈な争いに到るまで、その長い歴史を築き上げた当事者たちの肉声によって紡がれる実録マンガ史である。ちばてつや川崎のぼるらのレジェンドはもとより、歴代編集長など『週刊少年マガジン』の核心を担った人物たちに対する5年にわたったインタビューを通じて、黄金の滴るが如き貴重なエピソードが次々と読者に明かされる。マンガとは何か? その答えのひとつは、確実に本書の中に佇んでいる。
  カバーの袖を転記  
創刊当時の社会状況から、ネットが発達した現代まで。主に少年たちを読者層として想定して生み出されるエンターテインメントの作り手を丁寧に取材した一冊。
マガジンを中心に、ライバルの状況も比較、紹介しながら解説しています。
 
読み終えて気がつくのは、大ヒットした名作が、当時の流行を必ずしも追い求めたのではなく、独自路線を追求したり、世の中に存在しない(しかし、希求されている)需要に応えたものだったのではないか、と言うことです。
 
前半は、マンガの神様=手塚治虫との関わりの変遷が目からウロコでした。
その後スポ根からラブコメの誕生など。一言でマンガと言っても、広範囲なジャンルを網羅的に取り込みながら、文化の主たる担い手の役割を果たしてきたのだなぁ、と感慨深いです。
 
細かいところでは、梶原一騎の顛末をちゃんと知ることができて良かったです。
赤塚不二夫と編集者とのエピソードは、電車の中で爆笑してヤバかったです。こういう人の存在を許容できる社会が豊かな社会と言うのではないでしょうか。
ブコメ誕生の頃を取材して、高橋留美子に声を掛けたエピソードは、妙に感じるところが多かったです。
 
どんな職業も似たような側面があると思いますが
「単に金を稼ぐのとは異なる情熱があるよなぁ」
と思いました。
むろん(電機業界付近に勤務する)僕にだってあるはず、と前向きな気持ちになって読み終えました。
 
以上は、ほぼamazonに投稿したレビュー

マンガのクリエーターたちはどのように生み出されたのか

のコピペです。
 
巻末の謝辞によると、本書は2011年9月から2012年1月にかけて雑誌のオンライン書店fujisan.co.jpに連載した『少年マガジン クロニクル』をベースに大幅な加筆・修正を加えたもの。と言うことです。ちなみにfujisan.co.jpは雑誌のオンライン書店なので、本書(新書)は売っていない模様です。
僕はamazonKindleで読みました。
 
帰りの通勤電車の中でツイッターで「発売」の報に接しました。
その場でamazonにアクセスして購入。
帰宅後、Wi-Fiに接続してからスマホにダウンロード。
通勤電車で少しずつ読み進みました。
読み終えた晩、自宅最寄り駅を出たところで、上記レビューを書いて投稿しました。
夕飯を購入する駅前のスーパーマーケットの手前の広場で、若者の如く、スマホをいじくって投稿しました。
ほぼ、スマホで完結した読書でした。
 
強力な特定の趣味の分野を形成しているもの(この場合は雑誌掲載のマンガ)には手を出しづらい。と、自意識過剰なのですが、読書感想文のホームページ作成を趣味としている僕は感じています。読書にしても、音楽鑑賞にしても、浅く広くジャンルを問わず楽しむ性行なので>俺。他には例えば、小説の場合はミステリーとか。音楽だとアイドルの分野とか。僕が、とりたてて興味を集中させていないので、口を差し挟むのは、その趣味にこだわりのある人の興をそぐことになるような気がして遠慮するべきと思うこともあります。
 
で、本書購入後、ちょっと積ん読にしていました。
やはり帰宅時の電車の中、本書のキャンペーン(私の推測です)として、講談社「現代ビジネス」に掲載された抜粋記事の第一弾
を読みました。買っている本の抜粋記事を無料で読む、と言うのも奇妙なものですが。
本書第2章「魔球ブームと「W3」事件 1960 - 1965年の最終段「マンガの神様、ブチ切れる」からの抜粋です。
今まで、テレビで数多く手塚治虫のエピソードを目にしてきましたが、多分に概念的で、正統的な説明だったのだ、と思いました。
「創作をする人」の切り口として、今まで僕が聞いて来た手塚治虫の側面とは180度違う側面から「こだわりがある人」として、語られる新鮮さがありました。
具体的な連載の依頼と、それを断るエピソードや、ライバル誌への移籍など、具体的な週刊誌制作現場のやりとりが新鮮でした。
 
「買っているのに、読まずにいるのはもったいない。」
と、猛烈に読み始めました。
 
ーーーーー
 
読んで感じたのは、一般人の僕が「クリエーターもまた、ふつうの人間」と考えていたところに「やはり違う。」と、否定された感覚でした。
クリエーションの能力が違う事は認識していましたが、
雑誌やテレビなど、後工程であるメディアとのやりとりは、我々ビジネスマンと然程違いはないだろうと漠然と考えていたマインドを否定された感覚です。
こだわりが、違う、と思いました。
 
また、編集の人は、普段から、強烈なこだわりをもったクリエーターの相手をしている人なのだなぁ、と。ぼくの仕事とは、肌色がだいぶ違うことに思い当たりましたですよ。
 
あっ、そう言えば、僕も知らないわけではなかった。以前グラフィックデザイナーの人と仕事をしたときに、この気概(当時は「めんどくさい人だなぁ」でしたがm(v_v)m)を感じた経験がありました。
僕の仕事にも、こだわりのある人に良い仕事をしてもらう側面と、自らの技術を発揮すべき側面の両面がありました。
 
脱線しますが「EQ 心の知能指数(ダニエル・ゴールマン著、土屋京子訳1998/9/18講談社+α文庫)
を読むと、
技術が必要な仕事でも、最終的に良い仕事をする人はEQの高い人だ。
と理解できます。
それは、その通りなのですが、本書(「週刊少年マガジン」は……)を一冊読み終えて、咀嚼して、考えをめぐらせると、決してEQが高くないクリエーターであっても、優れたクリエーションがあれば、編集者の高いEQとの組み合わせで、優れた作品を世に送り出せる。ということでした。
読んでいるときには気がつきませんでした。
梶原一騎を世に送り出したのは、週刊少年マガジンの編集のパワーです。
赤塚不二夫のチームもまたしかり。
そして、編集の仕事にも、写植とか、原稿のチェックとか技術的な要素もあり、編集も複数の人のチームワークによって、優れた仕事ができる可能性が広がるのかもな。と思いました。
総合力が優れた個人も良い仕事をするのでしょうが、
能力が偏った人を、複数集めて、それぞれ足りないところを補えるようにすれば、総合力は個人よりも数段高くすることも出来るはず。
それぞれが得意な領域で力を発揮出来る職場って理想ですね。
 
おっと、だいぶ脱線が過ぎましたので、僕の感想文はここまでとします。
 
皆様、良いお盆休みを過ごされますように。
2021年 8月14日
No. 676

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