受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 448 蔵の中 / 小池真理子 著 を読みました。

蔵の中 (祥伝社文庫)

蔵の中 (祥伝社文庫)

 
会えば会うほど苦しくなり、切なさが増して、別れがたくなる。交通事故で半身不随になった夫の世話をする毎日。唯一、心を支えてくれるのがあの人、夫の親友であり、事故の加害者でもある新吾だった。これは宿命的な恋、だが人は欲求不満の人妻と嗤うだろう  秘めた恋の果てに罪を犯した女の、狂おしい心情を活写した、著者五年ぶりの瞠目すべき心理サスペンス!
   カバーの背表紙を転記  
暑い真夏の盛り、庭の木立では蝉が鳴き狂い、日が暮れると藪からは虫の音が絶え間なく続く田舎町。裏納戸に仕舞われた冷蔵庫からは仕舞い忘れた果実が腐臭を放つ。この臭いが記憶に刻まれた主人公は、都会から嫁いできた鮎子。彼女が愛人の新吾と犯した犯罪を語るサスペンスです。
「彼女はどんな犯罪を犯したのだろう?」
冒頭で愛人の存在が明らかにされ、彼とともに犯した犯罪がほのめかされ、読者はその独白を追っていく仕組みになっています。

舞台である田舎町は、都会とは異なり、人間以外の生物   虫の鳴き声や、繁殖する植物   で溢れています。この自然の中で、健康な鮎子と、彼女の健康さに配慮しない鈍感な夫の孤高さの対称性が印象に残った一冊でした。

ところで、田舎町を「自然」と表現するのは、少々気が引けます。それは、自然と人工的の対義を、生物、非生物の対義と混同しているように感じられるからです。「生命感」は、野生の生物だけでなく、人間にも用いられる表現です。言い換えるならば、それは「野性」と表現できるのでしょう。
つまり、僕のこのサスペンスを読んでの感想は、「田舎町の野性と、鮎子の野性が織りなす相乗効果が印象的だった」と記すべきですね。そして、この小説が描く一夏の後に、夫に訪れるであろう不幸は、妻の野性を無視した彼が支払う代償なのですね。
2005年 6月11日
No. 448