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受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 576 勝手にふるえてろ/綿矢りさ著 を読みました。

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

 
勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

 
江藤良香、26歳。中学時代の同級生への片思い以外恋愛経験ナシ。おたく期が長かったせいで現実世界にうまく順応できないヨシカだったが、熱烈に愛してくる彼が出現!理想と現実のはざまで揺れ動くヨシカは時に悩み、時に暴走しながら現実の扉を開けてゆく。妄想力爆発のキュートな恋愛小説が待望の文庫化。解説・辛酸なめ子
  文庫の背表紙を転記  

大変愉快に拝読しました。

冒頭は「私」江藤良香の詩の朗読のような独白から始まります。会社のトイレで泣きながらの独白で、OLとしてリアリティーに満ちた独白です。ちなみに「音姫(※1)」はTOTO登録商標だそうです。
(※1)音姫

www.toto.co.jp

そして「私には彼氏が二人いて、」と続きます。
二人の彼氏を小説では「イチ(1)」と「ニ(2)」と呼んで区別しています。
読み進むと、
イチは、ヨシカが中学時代に熱烈片思いしていた彼。なおかつ今も熱烈に片思いしている彼。
ニは、会社の同僚。ヨシカに熱烈に求愛してきている彼。
「彼氏が二人」は、少し逸脱した表現で、一人は片思い、一人は思われ人とわかります。

 

十代の熱烈な恋愛感情

大変愉快に拝読しました。
もちろん、二人の彼の間で七転八倒するヨシカを「ざまぁ」と愉快に思ったわけではありません。
(策を弄して「イチ」との再会を来すエピソードなど、とても面白いストーリー満載ですけれど)
僕が近年不思議に思っていた、自分の恋愛感情を整理することが出来た事が愉快でした。
僕が不思議に思っていた恋愛感情とは、十代の頃の恋愛感情です。
「なぜ、中学生の時に、あれほど強い恋愛感情を持っていたA子ちゃんとは恋人同士になれなかったのだろうか。」
「なぜ、高校生の時に、あれほど強い恋愛感情を持っていたB子ちゃんとは、つきあいたい、とか手を握りたいとか、具体的な(性的な)欲望が沸かなかったのだろうか。」
と言うことです。結局その後結婚した相手に、取り立てて熱烈な愛情を感じたことはなかったし、さりとて、別に(熱烈な愛情を感じない相手と結婚したことを)失敗したとは思わなかったし。(別な意味で「失敗だった。」とは思ったけれど(笑))
 

あの頃ののぼせるような「好き!」と言う感情はどこに行ってしまったのか?

では、なぜ、十代で熱烈恋愛感情を持った相手と恋愛関係に墜ちないのか。
(いや、ま、十代で熱烈恋愛感情を持った者同士で楽しく恋人付き合いを全うする人も多いと思いますが、)
結局のところ、ヨシカが「イチ」に感じていた恋愛感情と同じで、恋は盲目と言うか、相手を客観的に観察できないから。
と言うのが、この小説を読んで僕が導き出した結論です。
 
そう言えば、中学校を卒業した後、(近所の気安さで互いの家で遊ぶ事も多かった)A子ちゃんを母親が評して、「A子ちゃんは、おきゃんだねぇ。」と言うのを聞いた時です。
僕は「え、彼女って大人しい方じゃなかったっけ?」とぜんぜん本人を冷静に捉えていない事に気づきました。たしかに、A子ちゃんは、よく笑い、よくしゃべり、一緒に縦笛を吹いて合奏して遊んでたときにも「楊君は、笛があんまり上手くないからピアノ弾きなよ。」と唐突に注文を付けてきてたし。なるほど。控えめに振る舞っておこう。との方針は採っていなかった事に思い当たりました。(って、書き始めたら、猛烈にA子ちゃんに会いたくなった。今頃どうしているかしら。)
ちなみに、僕の読書趣味は、A子ちゃんに端を発しています。
ある日彼女が僕の席に来て
「ねぇ、楊君! (高村光太郎の)「道程」って良いねぇ、ねぇ「道程」って良いねえ。」
と叫んだ日がありました。僕は、彼女を教室の片隅に連れて行き、
「どうてい」と言うのは、女の子で言う「処女」の男の子の事で、おそらく、クラスのみんなは高村光太郎の「道程」はご存じなく、経験のない男の子の「童貞」はご存じで、A子ちゃんが連呼すると、みんな喜んじゃうよ。」
と解説を施しました。すると、A子ちゃんは、大笑いを始めて、僕の肩をポンポンと叩きながら
「えぇ!そうなの、あはは、そうなの。」
と笑いが止まりませんでした。これが、僕の読書趣味の始まり(笑)。
他には彼女と一緒に島崎藤村の「春」とか読んで感想を述べていたことを思い出しました。

また、高校を卒業した後、同級生に「そう言えば、B子ちゃんって、私服が多いよね。」と言うと「何言ってるの。彼女はおしゃれが趣味で、そりゃもう、、、」と僕が彼女の興味の的を全く理解していないことに気が付きました。僕は、いったいB子ちゃんの何を見て、あんなに「好きだな!」と思っていたのか、さっぱり思い出せません。当時、B子ちゃんのから彼氏との問題(愚痴)の相談電話を受け、一晩中長電話したことなどは覚えているのですが、何を話したのかは思い出せません。

それでも、僕の場合は、付き合うとか、恋人同士になるとか眼中に無かったわけです。(先に挙げたエピソードを書き始めたら、恋人づきあいはしていなかったけれど、ずいぶん沢山遊びに出かけたし、長い時間話し込んだ事があることに気が付き、「勝手にふるえてろ」のイチとの関係とはだいぶ異なる事がわかりました。例としてあまり的確ではありませんね。)
が、こんな「恋は盲目」状態同士の二人が恋人づきあいを始めてしまうと、問題が発生します。楽しく遊んでいるときは良いのですが、問題が発生したときに、相手を客観的に観察出来ず、相手に上手く対応できません。
例えば、彼が面と向かって不愉快な表情を顕わにしているとき。客観的に相手を観察すると、いろいろ考える事ができます。
「なぜ、彼は不愉快なのか。」
「どうすれば良いのか。」
「はしゃいでみせるか、」
「しばらく放っておくか。」
など、など。
しかしながら、客観的に相手を観察することができないと、
「そんなに、ふくれないでよ。(※2)
と言いたいけれど言えない。と、にっちもさっちもいかない状況になったりします。
(※2)「そんなに、ふくれないでよ。」
出典:MAY 斉藤由貴8th single 1986/11 キャニオン・レコード、作詞:谷山浩子、作曲:MAYUMI(REMEDIOSの姉)、編曲:編曲:武部聡士<=この曲すげい豪華キャストだな。いや、こういう傑作を作ったから、後にすげいキャストとして認識されるようになったのか。
MAY[EPレコード 7inch]

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僕が今聴いているのは、
Myこれ!クション 斉藤由貴BEST

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ライト版もあります。
Myこれ!Liteシリーズ 斉藤由貴

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ただいま再放送中のあまちゃん
あまちゃん 完全版 Blu-rayBOX1

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第6週「おらのじっちゃん、大暴れ」
で、斉藤由貴のデビュー曲「卒業」1st single 1985/ 2キャニオン・レコード、作詞:松本隆、作曲:筒美京平、編曲:編曲:武部聡士
卒業 (MEG-CD)

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が流れたときに、「いや、斉藤由貴と言えば、「悲しみよこんにちは」5th single 1986/ 3キャニオン・レコード、作詞:森雪之丞、作曲:玉置浩二、編曲:編曲:武部聡士
悲しみよこんにちは

悲しみよこんにちは

 
だろ」と、急遽聴きたくなり、買い求めたものです。
で、ベスト版に収録されていた「MAY」を聴いて、「すごい、世界観。」と驚いて繰り返し聴いたものです。
ふくれている相手に「ふくれないでよ。」と言うのは、泣いている子供を「泣くな。」と叱るようなものです。泣いている子供を「泣くな。」と叱っても、泣きやむことは(たぶん)期待出来ません。期待出来ないことでも、相手に要求して仕舞うのは、相手を客観的に観察出来ていないから。
客観的に「どうすれば子供が泣きやむだろうか。」と考えられれば、原因を特定し取り除く方策を考えられます。

 

あのころの「好き!」はもう帰ってこない

一方、「ニ」に対するヨシカの客観的な観察は、とても見事。
特に終盤に差し掛かってからのシーンが圧巻でした。
ヨシカがウソを白状した後、「ニ」に「傷つけたから」と謝まります。
このときの「ニ」の反応(傷ついたりなんかしていない)です。
とても複雑な「ニ」の表面的な態度と、実際の心情を理解した後に、それをダンディズムであると解釈しています。(一部、僕が読書しての解釈です。)
こういう風に理解できる相手とならば、きっと上手くいくと思います。
「ヨシカ」と「ニ」の今後を祝福して、僕は読書を終えました。幸せになってください。

 

仲良くしようか

文庫には、シュールレアリズム(自動書記)作品「仲良くしようか」も収録されています。著者の初期の作品が、主人公の内面からの描写に徹底した新鮮な文体であった事を思い出しました。(それを、僕は、外面描写に徹底して、ナイーブな内面描写を排除したハードボイルドの対極として「インナーハードボイルド」と呼んでいるのだけれど、未だにどなたにも追随されない。。。)
同じものを見ても、人が感じることは様々。自分を振り返って考えてみます。案外、理不尽だったり、間違っていたり、勘違いであることが多いです。
ですので、人と会話しているときなどは、思ったことを瞬時に言葉にはせず、一応文章に組み立ててから言葉を発するようにしています。

 

インナーハードボイルド作品では、本人の勘違いや、思い込み、見当はずれな感慨などを包み隠さず徹底して内面から描写することにより、映像化したときとは異なったリアリティーが表現できるのが特徴だと思います。
「面白かった。」、「感動した」などの感想は持つことは少ないのですが、「僕にしかわからないだろう」と勘違いするほどの強い共感を覚えることがあります。

 

「仲良くしようか」では、都会で一人暮らしをする妙齢の女性の日常がリアリティー豊富に描かれています。

2015年 7月23日
No.576