受動態

Daniel Yangの読書日記

No.571 ある微笑/サガン 著 を読みました。

ある微笑 (新潮文庫)

ある微笑 (新潮文庫)

 
18歳の時に出版された大ヒットデビュー作「悲しみよ こんにちは」新潮文庫1955/6/25、"Bonjour Tristesse" 1954 Éditions Julliard)
悲しみよこんにちは (新潮文庫)

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

 
に続く、サガン(Françoise Sagan、仏1935/6/21~2004/9/24)の第二作。朝吹登水子(1917/2/27~2005/9/2)訳。原題"Un certain sourire" 1956年に処女作と同じくジュリアード書店から出版されました。
僕が初めて読んだのは二十歳の頃。本文よりも、新潮文庫の訳者によるあとがきで紹介されているサガンのセリフ「ええ、私のこの次の本が、機関銃を持って待たれていることを知っているわ」が長く記憶に残っていました。(前作の解説でも紹介されていますが(^_^;)本書が出版されるよりも以前に、サガンが訳者に言ったセリフだそうです。
筋は、前作同様に平易で明快です。途中に脇役の物語が入ることはありません。当時の著者と同年齢に設定された主人公の女子大生「ドミニック」が、ひとつの恋を経験し、鏡の中にある自分の微笑を見付けるまでの物語です。

 

以降は、ブクログに投稿した僕のレビューです。思いっきり内容に踏み込んでいます。

主人公のドミニックが、元彼の叔父リュックを愛している、と気が付くところがハイライトだと思いました。
ドミニックが、この恋愛を受動的でなく、自分の自発的な動機による能動的なものとして捉えた瞬間がこの小説の感動の中心だ、と僕は理解し、感動しました。
自分の感覚に耳を傾け、自分の心の声を聞いた瞬間です。

 

自分の欲望を知っている人とは、恋人としても、友人としても付き合いやすいように思います。逆に、自分の欲望を認識せず、何をするにも、他者に理由を求める人とは付き合いづらいと思います。
この違いは、喩えるなら一人旅ができる人と、一人で旅行が出来ない人の違いだと思います。
一人で何処にでも出かける人と、一人では出かけられない人。彼らの間には、大きな溝があります。でも、一人旅をしない人は、その溝をご存じないようです。
一人旅が出来ない人と旅行に行くと、とても不愉快で面倒な事になります。その一方で一人旅が出来ない人は、その不愉快の原因を他者に求めます。つじつま合わせ(自分への言い訳)が上手く、不愉快の原因が自分にあることを(自分自身に対しても)巧妙に言いつくろって認めません。
実際のところ、一人旅が出来ない人というのは、自立の能力が無い、と言うことなのだろうと思います。
Strength is ability to stand alone.
中学か高校の英語の教科書に載っていた例文です。アメリカ人が一人前の大人に必要な能力を述べたセリフだったと記憶しています。
アメリカ人に限らず、大人には必要な能力だよな。と、授業中に考えた覚えがあります。今でも同様に大人に必要な能力だと思います。

 

ドミニックは、リュックを愛していることを自覚し、それが、自分のどうしようもない感情だと理解したことで、大人の女への扉を開いたと思います。扉を開いた鍵は、一人前の大人として、社会で人と対等に付き合うために必要な鍵でもあると思います。でも、この鍵は、必ずしも誰もが手にする鍵ではないようです。一生その鍵を持たずに終える人もずいぶんといるようです。
でも、僕は付き合うなら、この鍵を持っている人と付き合いたいと思います。

 

ドミニックはこの小説で語られる一年で、魅力的な大人へと変貌を遂げたと思いました。

 

一冊を読んでの感想は、おおよそ上記の通りですが、筋とは別に、「リュックを愛している」とドミニックが表現した、その「愛」の内容も印象に残りました。

今までに僕が聞いた「愛」を語る人の話での愛は両極端でした。
片方は、性的な関係を結ばない家族や、隣人を対象とするものです。時々付け加えて「愛とは与えられるものではなく、与えるもの」ときれい事を述べる人もいました。
もう一方では、一方的な愛着や執着を表現して「愛」と言い張る人がいました。
この小説でドミニックがリュックに対して表現した「愛」は、両極端のどちらでもありません。自分が必要とし、共に歩みたいと願う自分の欲望であると共に、また相手にも同様に求められたい、必要とされたいと願っている感情を表現していると思います。

 

結局のところリュックが、同様の願いをドミニックに対して持たないために、片想いに終わるのがこの小説の結末です。
そして、そこに折り合いをつけて、微笑をしてみせるドミニックは、大人への扉の鍵を手にしたのだな。と理解して、僕の感想文は終わりにします。

2015年 3月11日
No.571