受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 561 クラウドからAIへ/小林雅一 著 を読みました。

AI(人工知能)技術の応用製品が、もう世の中に出廻っているそうです。
全く存じ上げませんでした(^_^;)
たいへん、お勉強になりました(^_^;)
 
本書では、先ず開発の歴史を解説し、
次に、現状の主な応用製品と、その基礎となる技術内容を解説し、
参入企業の近況を紹介しています。

 

 

戦後から数度の期待(ブーム)と失望を繰り返したAI開発の経緯と、ビッグデータ処理技術が進んだ事を受けて、これを応用する形でようやく身近に応用製品を目にするようになった成り行きの説明はわかりやすいと思いました。
また、主にスマートフォンインターフェイスと、自動車の自動運転に的を絞っての技術解説もグッドです。
人との関わり合いで懸念すべき点を、頼りすぎる面と、競合する面に分けて解説した第4章「知性の陥穽(かんせい)」では、懸念については話題となっていることを簡単に解説するに留め、将棋について述べています。AIとの対戦をプロ棋士へ提案しているのが楽しく読むことが出来ました。

 

おわりに  「メルツェルの将棋指し」から「ワトソン」までの時間
での趣旨は一転して、最近の流行語を応用して言えば「サイエンス・リテラシーを身に付けたいものですね。」と訴えているように感じました。
この章で著者が警鐘を鳴らしている
「最先端の科学技術が、一般大衆の理解が遠く及ばず、ごく一部の政治家や官僚だけが手綱を握っている」
例として、僕には原子力発電が思い当たりました。
中曽根元首相が若いときに立ち上げ、後に長官も務めた科学技術庁は、原子力発電の国産化を主な目的にしていましたし、
それを自分の選挙区内に誘致した田中元首相の活動も含めて、
「最先端の科学技術が、一部の政治家や官僚だけに手綱を握られている」
例と言えると思います。
 
国内で原子力発電所が事故を起こした際に、
・ 喫緊の課題は年少者の放射性ヨウ素取り込みの阻止であること、
・ 中長期的には、飛散した放射性物質の問題であること
を僕が理解するまでに、ずいぶんと時間が掛かりました。思い起こせば事故以前の危険なイメージは、事故現場から放たれる放射線でしたから(^_^;)
と、言うわけで、著者が警鐘を鳴らしている、高度な科学技術への警鐘は、原子力発電所の運営に類するものとして、AIを取り扱っているように読みました。
この反省は原子力発電に関して言えば、今でも充分に必要な警鐘です。と言うのも、事故から三年経った今でも、実際に何が避けるべき危険で、何が安心しても良いのか理解せずに、風評被害や、的を射ていない反対派を名乗る人の意見などを目にするからです。
本書でのAIについても、ブラックボックスとして危険視したり、事故が起こったときの心配をする態度が、原子力発電と同様のリテラシーが無いままでは議論すら出来ないことを訴えているのだと理解しました。
そう言う意味では、PCをブラックボックスとして使うことを好むマック派の人よりも、「便利で楽なのは解るけれど、その分高価だよね。」と、面倒でもIBM互換機を好んで使っている人の態度が、リテラシーを身に付ける際のお手本になると思いました。

 

人間とAIの雇用競合については、
自分の仕事がAIに置き換わられた世の中を想像すると、近未来の世の中への対処も出来るように思います。
僕は、ちょっと想像しました。
以前、開発スケジュールの管理を業務にしていた際に、
インプットは、上からの要請(開発内容と、予算と期限)と、現場の状況報告。
アウトプットは、各担当者の役割分担と日程表。
でした。
時々、
「頑張れば、AIに任せられるようになるのではないかな?」
と思いながら仕事をしていましたし、
端からも
「スケジュールソフトとかに任せられるのでは?」
と言われることが度々ありました。

 

発売日が決まっている商品に、開発を始めた後に根本的な技術課題が見つかった時など、複数の解決策を盛り込んだ試作を同時に複数の部署に任せて、それぞれ完成させ、評価、選択していくケースがあります。六種類の設計パターンを、それぞれ数種類の条件違いで試作するスケジュール案を作った事がありましたが、その際、遅い残業の翌日、眠い目をこすりながら
「これで、発売日に間に合います。」
と報告するスケジュール表を見て、
「君、線引き屋みたいだね。」
と言われた事もありました。
あ、今気がつきました。これを読んでいる方が、鉄道ファンの方でしたら、AIと仕事が競合する実際の例として、線引き屋をAIにやらせる事を想像されるとよいと思います。
線引き屋;鉄道の運行表を作る人。横軸に時間。縦軸に停車駅を配置し、運行させる列車が各停車駅に止まる時間をプロットして線繋ぐ人。線を引くのが仕事なので、「線引き屋」と言います。アウトプットはダイヤ。(上りと下りの列車の線が斜めに交差して、菱形が沢山書かれるので、「ダイヤモンドグラム」略して「ダイヤ」が出来ます。)

これほどコンピュータが発達した現代でも、ダイヤが乱れた際には、かつての腕利き線引き屋が呼ばれて、線を引かされることがある。

2005年公開の映画「交渉人 真島正義」

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でのシーンが印象的です。
映画では、呼ばれて出てくる線引き屋を
「どんな無機質で、機械的な印象の人なのだろうか?」
と期待して見ていると、金田龍之介が演じるとても人間くさい、オッサンが出てきたので、ビックリしました(笑)。
この映画公開から、もう十年も経つので、さすがに鉄道運行管理の現場で
「線引き屋を呼べ!」
なんていわれる事も無いでしょうが。
(※)いまネット検索したら「線引き屋」とは呼ばれず、スジクスなるアプリケーションソフトを使う「スジ屋」と言う職の人が、ダイヤ改正の際にダイヤグラムを引いているそうです。ただ、トラブル時の対応には、さすがに生身の人間が紙に鉛筆で線を引いて」と言うことは無く、運行指令員が現場と相談して指示を出すのだとか。俺、ちょっと「運行司令員」と言う職業に興味が沸いた(笑)

 

開発のスケジュール管理業務の経験から、僕が感じたことは、
・ いずれ、AIに任せられるようになるなら、それは構わない。
 なにせ、AIに任せられるかも?と見られている業務は、苦労の割りに、評価が低い。やってらんない。(ただ、性格がマッチしていると、この仕事はとてもやりがいがあって面白いです。)
・ 今すぐにはAIに任せられないし、任せるまでの労力も結構大変だよな。
 よく理解されなかったのですが、本書でAIの問題点として挙げられている
「どうして、そのような判断をしたのか説明が出来ない」
では、この仕事は勤まりません。
「こう考えて、一番効率が良いと判断しました。もし、もう少し予算オーバーの低減を優先するなら、このような方法もあります。」
と、判断をブラックボックスでは無く、(最終的に責任をとるトップが株主に説明できるよう)納得できる説明と、複数の代替案を用意することが必要です。ですから、本書では問題点として挙げるに留め、それ以上の言及をしていない
「何故、そう判断したのか?」
が説明できるようになって、ようやく
「AIに仕事が任せられるようになった。」
と言えるのではないか、と僕は考えています。

 

ちなみに、本書ではAIが人の仕事を代替する例を(線引き屋では無く)大昔の肉体労働の代替での労働者の反対運動を引き合いにだしています。(例えば線引き屋などで)現代の仕事を代替するケースを例として具体的に考えると、もっとわかりやすかったのではないか、と思いました。

例えば本書での著者本人の仕事=TVや雑誌掲載記事を読んで、本書のような概説本を書く仕事をAIが肩代わり出来るようになった世の中を想像しました。
いずれ、AIが代替出来るような気がします。
でも、現時点でAIが、この本を自動的に書くのは困難だと想像しました。また、執筆できるようにするのも、試行錯誤(トライアンドエラー)が沢山必要なのではないかと思いました。
加えて、もっと高度に、開発担当者への取材や、AIを使う一般市民の本音を含めた内容の濃いインタビューを敢行するような本を書こうと思ったら、的確な質問をインタラクティブに発する=それこそ高度なリテラシーが必要で、おそらく本書で出来ていない事まで出来るようにする必要があると思います。

 

また、本書では、具体的な例は出しませんが
「先進国に工場が戻ってきたと思ったら、そこで働いているのはAI搭載のロボットばっかりだった。」
と懸念を抽象的に記しています。
例えば、僕が知っている例で言えば、名目上「無人工場」といわれる工場や、コンピューターが管理する、高温、高圧の溶鉱炉などが、ここで想定されているものだと思われます。
実情は、無人工場で働くロボットの管理やメンテナンス、コンピュータソフトの運用に、かなり専門的な知識と技術を持った人間が複数必要です。また、費用が嵩みますので
「人任せにした場合」
と、
「ロボットに任せた場合」
のコストを勘案しながらの導入になると思います。
そうです。コンシューマー商品に限らず、職場で働くAIロボットだって、コストダウンが進んで、楽に仕えるようにならない限りは、普及しないのです。
つまり、かつて人が沢山いた工場で、AIロボットが沢山働くようになる時代には、誰もが
「あ、これは、AIに任せちゃえ。」
と気軽に思え、
「そんなこと、人間にさせる事じゃないよね。」
と納得できているのではないか、と僕は想像します。
 
本書で懸念しているようなケースは、実はAI任せではなくて、
「工場を建てる際に、装置メーカーに丸投げ」
するケースだと思います。
これは、現時点でも起こってます。
台湾や中国の半導体や液晶パネルのメーカーが、日本の装置メーカーに丸投げして工場を建てるケースを、たまに耳にします。
装置が故障して、生産がストップしてしまった時にも、復旧を装置メーカーに頼るので、
「いったい、この工場は誰が生産しているのか?」
と言う状況になります。現場で働いている現地の人も、(AIではなく、日本人に対して)職が奪われている。と感じているかも知れません。

 

と、本書を読んで、いろいろと思うところがありましたが、総じては、現時点で、既に我々の周囲にはAI搭載のマシンが普及し始めていて、それがスマートフォン(俺持ってない(^_^;))に代表され、目下自動運転車の研究が進行中である、と知り、ワクワクしたことを記して、感想文は終わりにしたいと思います。
あ、あとルンバね。

 

2014年 7月16日
No.561