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受動態

Daniel Yangの読書日記

No. 398 ツ、イ、ラ、ク/姫野カオルコ 著 を読みました。

ツ、イ、ラ、ク (角川文庫)

ツ、イ、ラ、ク (角川文庫)

 

長編小説としては、一九九九年に新潮社から刊行された「整形美女」新潮文庫2002/10/01)

整形美女 (新潮文庫)

整形美女 (新潮文庫)

 

以来四年ぶりに書き下ろされた作品です。

市立長命小学校に通う森本隼子。彼女が二年二組の級友らとともに成長をしてゆく過程を描いた長編恋愛小説です。

 

熱中して一気に読み終わりました。
隼子が恋に落ち、別れるまでの短い期間がハイライトだと思うのですが、この箇所は本当に面白かったです。
「恋は理屈では無い。」頻繁に耳にする言葉です。では「理屈では無い」とはどういう事でしょうか。説明するのは難しいように思います。でも、この小説で隼子が恋に落ちる様子は、読者である僕がそれを恋だと意識出来ないほど理屈抜きの落ち方で、つまり、タイトルどおり「ツ、イ、ラ、ク」していました。

 

二年二組の級友を含め、多数登場する脇を固めるキャラクター達もそれぞれ個性的です。僕は、統子の直情的な生きざまや、小山内先生の微妙なキャラクターが好きです。
読書の途中では、それらの類型=ステレオタイプの誰に好感が持てるか、僕はどのタイプか、などと考えていました。でも、読み進むうちに気付くのは、彼らの言動や感情は、それぞれ僕が感じる一部であったり、知り合いの一部であることです。つまり、彼らは何かの類型として描かれているのではなく、僕たちに普遍的な感情や衝動を少しずつ、同じように持っている人たちだと言うことです。

 

同じ著者の近作「特急こだま東海道線を走る」文藝春秋2001/10/30、「ちがうもん」文春文庫2004/10/10)

ちがうもん (文春文庫)

ちがうもん (文春文庫)

 

や「サイケ」集英社2000/06/30、集英社文庫2003/06/25)

サイケ (集英社文庫)

サイケ (集英社文庫)

 

は、著者と同年代の主人公が子供の視点で時代や、大人達を見つめていた作品でした。これらの作品でも、恋愛に限らない人を愛おしむ心の普遍性が語られていましたが、舞台背景が特定されるため、例えば「特急こだま……」では、「電気洗濯機や水道、電気が普及する以前は、洗濯って大変だったんだなぁ。」と、著者が幼少時代を過ごした年代(と、書くほど、僕は著者と年齢が離れているわけでは無いのですがσ(^◇^;))の苦労を思ったりして、楽しみが増える一方、主題(と僕が考えるのは、人を慈しむ普遍性)が明快さを欠く嫌いがありました。この点で、本作品は今までの作品と一線を画しています。時代や、舞台となる地域を限定せず、恋愛に的を絞った直球勝負の面白さがありました。

つまり、普遍性を追求した作品として楽しめたわけです。そして、僕は久々に熱中して寝不足に陥りました。

 

奥付の前のページ=編集部作成著者紹介から深読みすると、この作品はキリスト教で言う「原罪」を背負って生きる人の生きざまを描いているようにも思えます。
それを意識している人、意識せずに生きる人、双方に、それでも幸せを掴めと励ましている小説と言えるのではないかと思います。ここに、もう一つ、著者が今まで描いていた作品とは違う新たな視点が感じられました。
主人公や級友たちの恋愛は、必ずしも倫理的では無く、もちろん模範的でもありません。しかし、だからといって罰が当たるとか、正直者が損をするなどの教訓を描くのでもありません。そのような倫理をテーマにしているのではなく、一期一会、タイトルの通り墜落するような恋に落ちる機会は、一生の中でも度々訪れるものではなく、その貴重さを描き、過去に固執することなく前へ、前へと進むように、励ましているように感じられました。
つまりこの作品は、倫理観の先にある、人の業を描ききった会心の一作であると感じられました。
いわゆる不倫の恋愛とは異なるのですが、決して倫理的では無い主人公の恋愛と、それを捨てる決心をした若さの描き方が会心の一作だと、僕が思う所以です。

 

思えば、二十歳を過ぎた頃から、いつでも僕は「歳を取ったな。」と思っています。数年前を振り返れば「若かったな。」と思っています。では、今思う「歳を取ったな」は数年経てば間違いだったと気付くはずです。いったいこの間違いは何歳になったら終わるのでしょうか。こんな僕の繰り返し、つまり若さとは何かを、整理して教えてくれたようにも思えました。

余談になりますが、道徳的でない登場人物達の恋愛を、法律用語で言うところの破廉恥犯罪と明確に区別し、近年の世相に配慮している点は、著者の持ち味である丁寧な筆致と合わせて、今までの作品と一線を画しながらも、オリジナリティーを失わない=姫野カオルコの作品らしい味わいがありました。

 

この文章は、
かつて一般読者によるネット書評サイトとして存在した
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にDaniel Yangのペンネームで投稿したもの
ネット書店
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読者書評向けに楊耽のペンネームで書いたもの
同じくネット書店
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に楊のペンネームで投稿したもの
同じくネット書店としてセブンアンドワイ内に存在した
姫野カオルコ書店
に楊耽囁のペンネームで投稿したもの
を混合し、我がサイト受動態向けに添削したものです。全部ペンネームが異なるのは、それぞれのサイトに初めて登録した時に使用していたハンドルが変遷しているためです。感じるところが多い小説でしたので、四つの感想文が書けるわけですが、だからといって、その四つを混ぜると、ストレートな恋愛小説の感想文なのに感想文は発散し、首尾一貫性に欠ける文章になってしまうのが、長年読書感想文を書いて公開している僕には哀しいですな。
2003年10月31日
No.398